2010年04月14日

最後のご挨拶

お遍路小娘として四国を旅して早数年が経ちました。

このブログを残しているのは、いまだお遍路に興味を持って
ここにたどり着いてくださる方がいらっしゃるからです。
そんな方に、少しでもお役に立てればと思っています。

よって、お遍路と直接関係の無いその後の日々の記事は
非公開とさせていただくことに致しました。
出版を目指して更新していた「お遍路小娘U」についても同様です。

このブログを更新することはもう無いと思いますが
コメントやメール、質問などは受け付けています。
四国で胸に刻んだ「縁を大切に」といういう気持ちは
私の中に今でも根付いておりますので
いつでも気軽に連絡いただければと思います。

これからも「お遍路」というキーワードを辿って、
お遍路小娘に気がつかれた方の、少しでも多くが
四国ですてきな巡礼を経験されることを祈っております。
posted by どんつく at 17:18| 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月11日

高野山奥の院にて

一昨日知り合った広島のお坊さんのうちの一人がとても良くして下さり、
今日高野山を少し案内して下さいました。

つくづく私は旅運が良いと思います。


そう、お礼参りに和歌山の高野山へ行ってきたのです。
つい最近まで高野山がどこにあるかすら知らなかったバチ当たりな私にすら
すばらしいと思える、綺麗で不思議な場所でした。
またケーブルカーで山に登るっていう経験もなかなか出来ないので良い記念です。

高野山に着いてから、見所、お寺も沢山あるらしいのですが
私はすぐにお大師様が今もそこにいらっしゃると言われる
奥の院に向かいました。そこで、今までのことを振り返りました。
日数にしてみればあっという間だったのに
本当に沢山のことを見てきたように思います。

奥の院の地下にお大師様の肖像が飾られているらしく
訪れてみましたが、ただの真っ白な絵、周りの人は
「ああ、見える、うっすらとだけど・・・」
などと言いながら去っていきます。

ここまで来て私には何も見えなかったらどうしようかと
呆然と突っ立って眺めていると、じわ〜っと浮かんで
私にもその姿を確認することが出来ました。
何年も飾られていて、だんだん薄くなってきてしまったらしいです。

そこでずっと立って、眺めていたら
勝手に涙が流れてきました。それは不思議な体験でした。
何というか本当に、生まれて初めて、自分自身と向き合えた旅だったと
心の底から実感しました。

何故四国遍路の旅に出たのか、本当にお大師様に
導かれて来たのかもなって、信じてしまいたくなるような
そんな気持ちにさせられました。

そしてこの旅は、私にとって生涯絶対に忘れることの出来ないものになりました。
沢山の時間とお金をかけたけれど、決して無駄ではありませんでした。
それだけの価値があったと自分で納得が出来ます。

いつの間にか暗記した般若心経を、いつか忘れるときが来ても
この旅のことを忘れることはありません。
記憶は薄れても、この旅で出会った人たち、経験した出来事
楽しかったりつらかったり、この期間に抱いた沢山の思いが
これからの私を支えてくれることは間違いありません。

「ありがとう」以外に感謝の言葉って何か無いのでしょうか。
私には思いつかないので、ありがとうを言います。

毎日サイトに来て下さったり、書き込みや
励ましのメールを下さった皆さん、ありがとう。
その一言に、どれだけ救われたかわかりません。
友達はあまり居ないと思っていたけれど、それは失礼すぎました。
私はちっともひとりなんかじゃ無かった。

山の中何度か倒れそうになり、その度に助けられました。
車やお菓子やお賽銭のお接待、優しい言葉をありがとうございました。

それから、わずか1ヶ月の間出会ったお遍路仲間へ、
一緒に歩いてくれて、ありがとう。
シップやテーピング、日焼け止めクリームをありがとう。
しんどい時、中だるみの時、叱らず一緒に居てくれて、ありがとう。
頑張って歩いて着いた宿でビールをおごってくれて、ありがとう。
一緒に感動出来て、良かった。

そしてずっとサイトの管理をしてくれた清水さん、ありがとう。


この旅で一番わかったのは、自分のことです。
ただ歩いていただけの日々ではありますが
この歩き方は、本当に私そのものでした。
まさに「人生は遍路なり」の言葉どおりで・・・それは
四国お遍路に限ったことでは無いとは思いますが
札所を目指し、歩く、この行為は日常をシンプルにしただけ。
ただ、シンプルになった分はっきりと見えてくるんだと思います。

これから先また、自分を見失いそうになること、たぶんあると思います。
激しく落ち込んで立ち直れそうもない出来事に直面することも、あるかもしれませ
ん。
でもただひとつ絶対なことは、自分が今まで歩いてきた道が変わることは無いという
ことです。
変えられない過去だからこそ、失わない。記憶が薄れても、それは
無くしてしまうわけではない。前に進む糧となって、自分の中に在り続ける気がしま
す。

発心の道場徳島に始まり、修行の道場高知、菩提の道場愛媛、
そして涅槃の道場香川。一国一国に、ありがとうございました。


最後にこの旅で印象に残った言葉をお借りして

至心合掌 一心敬礼



posted by どんつく at 20:30| 香川 曇り| Comment(10) | TrackBack(0) | 八十八箇所巡りを終えて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月10日

結願

image/dontsuku-2004-11-10T14:01:13-1.jpg今日無事八十八番札所大窪寺にて結願致しました。
明日お礼参りに和歌山の高野山へ行こうと思います。

その後伊丹空港からちょっと実家に帰ります。出来れば大阪で何日か過ごしたいな。

毎日サイトに来て応援してくれた皆さん、今まで本当にありがとうございました。

また書き込みの変わりにメールを下さった方々にも感謝しています。
ありがとうございました。

このサイトの存続はまだ考えていませんが、八十八カ所巡りを終えた感想などを近日中に書きたいと思います。

今はとりあえず感慨に浸ります。
posted by どんつく at 14:01| 香川 曇り| Comment(12) | TrackBack(0) | 香川:涅槃の道場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月09日

視線の先にあるもの

image/dontsuku-2004-11-09T20:58:26-1.jpg寄り道をする度何かに遭遇する。

普段は黙々とただ足元ばかりを見つめ歩いている私だけど
そんな瞬間は、何か自分と周りとのつながりを強く感じる。

例えば以前も書いたけど、十夜ケ橋の下に寄り道した後
階段を登って視線をあげて虹を発見した時。

ずっと下ばかり見て歩いていたら、多分気がつくことも無かった。
十夜ケ橋の下にお参りしたいと思わせた何かと自分とのつながりが
その出来事を生んだのだと思う。

午後に着いた山のお寺、おじいさんがぼーっと空を見上げていた。
納経が終わるとさっさと次の寺へ向かう私が何故か気になり
彼に近寄ると、その視線の先に、薬師如来の額に光る石を見た。
瑠璃の石と言っていた、ダイヤモンドの埋め込まれたその石像は
太陽の位置により反射する角度が変わり、私が参拝した時間帯は
ちょうどおじいさんが眺めていたその位置からしか見ることが出来なかった。

雨の中助けられお菓子とお賽銭を沢山いただいた日、
再び雨が降り出して、ずぶ濡れになりながら坂道をやけくそに登っていた時。
早く札所に着きたいとそればかりを考えていたのに
少し車に乗せていただいたお陰で出来た精神的余裕で
綺麗で立派な赤い吊り橋に気付き、意味もなく渡り、
元の道へ戻るため振り返ると、その道の石壁に掘られたお地蔵様を発見した。

下ばかり見て歩いていたら通りすぎていただろう。
大雨の中赤い吊り橋からそれに一対一で向き合えたこと、有り難く感じ自然と合掌していた。

そんな小さな偶然をこの旅で何度も体験した。

取るに足らない小さなことかもしれないけれど、
多分これからも急ぎ足の多い生き方をするかもしれないけれど、
何かの拍子で得る小さな幸せを大切にしたい。
posted by どんつく at 20:58| 香川 | Comment(1) | TrackBack(0) | 香川:涅槃の道場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

食べおさめ間近

image/dontsuku-2004-11-09T19:24:34-1.jpgimage/dontsuku-2004-11-09T19:24:34-2.jpg愛しの讃岐うどん・・・

これは釜たまと、温しょうゆです。
釜たまはちょっと財布に余裕がある時、天ぷらも一緒だと尚良し。
しょうゆはやっぱり大根おろしがついてる方が有り難いですね。
温か冷かは好みですが、私はぶっかけは冷、しょうゆは温です。
レモンは好き好きかな?
しかし卵の天ぷらにまだ出会ってない!!
もう香川終わりなのにどうしよう。

寺よりうどん屋の方打ってたりして。
posted by どんつく at 19:24| 香川 | Comment(0) | TrackBack(0) | 道中の食事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする